社債・転換社債型新株予約権付社債とは何か
銀行借入以外の資金調達方法として、「社債」や「転換社債型新株予約権付社債(いわゆる転換社債)」を検討する会社が増えています。もっとも、この分野は
・会社法(社債・新株予約権)
・金融商品取引法(募集規制・私募)
・登記実務(原簿・登記期限・添付書類)
が絡み合い、全体像がつかみにくいのが難点です。
このコラムでは、中小企業・ベンチャーが押さえておきたい最低限の整理として、
1.社債とは何か・発行の流れ
2.金商法上の「募集」と「私募」のざっくり整理
3.転換社債型新株予約権付社債の仕組みと発行・登記
を整理します。
1 社債とは何か(会社法ベースの整理)
1-1 社債のイメージと会社法上の定義
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| イメージ | 会社が投資家からお金を借りるために発行する「債券」 |
| 性質 | 他人資本による直接金融 |
| 会社法上の定義 | 会社の割当てにより発生し、会社法676条の内容に従って償還される金銭債権(会社法2条23号) |
社債の中身を決める「会社法676条」の事項は、ざっくり言えば
「いくら・いつ・どの利率で借りて、どう返すか」
を具体化したものです。
1-2 社債の主な内容(会社法676条のポイント)
※条文そのものは長いので、「何を決めるか」を表で整理します。
| 区分 | 主に決めること(要旨) |
|---|---|
| 金額・利率 | 募集社債の総額/各社債の金額/利率 |
| 償還・利息 | 償還方法・償還期限/利息支払方法・支払期限 |
| 社債券関係 | 社債券を発行するかどうか/社債券の有無・形式 |
| 社債権者の権利制限 | 一部請求を不可とする場合の定め/社債管理者の権限特則 |
| 払込み | 各社債の払込金額・最低金額・算定方法/払込期日 |
| その他 | 一定日までに割当先が決まらなければ全部発行しない旨 等 |
2 社債発行の流れ(会社法手続の俯瞰)
実務の流れを、まず一覧で押さえます。
2-1 発行フローの全体像
| STEP | 手続 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1 | 募集事項の決定 | 会社法676条の事項を決定する |
| 2 | 勧誘(募集事項の通知) | 投資家候補へ内容通知(会社法677条) |
| 3 | 引受申込 | 投資家が申込書で申込み |
| 4 | 割当て | 会社が誰にいくら割り当てるか決定 |
| 5 | 割当通知 | 払込期日前日までに通知(678条2項) |
| 6 | 払込み・発行 | 払込期日に社債が発行される |
2-2 募集事項を決める機関
| 会社の機関構成 | 決定機関 |
|---|---|
| 取締役会設置会社 | 原則:取締役会 (総額の上限・利率の要綱・払込金額の要綱は取締役会で決定し、個別条件は取締役に委任可) |
| 取締役会非設置会社 | 取締役の過半数の決定 又は 株主総会 |
2-3 発行後に必要になること(最低限)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社債原簿の作成 | 発行日以後遅滞なく作成・備置(会社法681条) |
| 記載事項 | 種類・総額・各社債の金額/払込額・払込日/社債権者の氏名・住所・取得日/社債券の番号等 |
| 社債券の発行 | 「社債券を発行する」旨の定めがある社債は、社債券の発行が必須(696条) |
| 社債管理者 | 社債総額1億円未満 or 50口未満なら不要(702条) |
3 金商法上の「募集」と「私募」をざっくり押さえる
社債は「有価証券」なので、発行の仕方によっては金融商品取引法上の「募集」に該当し、有価証券届出書の提出など重い規制がかかります。
3-1 「募集」に該当すると何が起きるか
| 事項 | 内容(イメージ) |
|---|---|
| 発行開示義務 | 「募集」や「売出し」に該当すると原則、有価証券届出書の提出が必要(4条) |
| 規制内容 | 届出効力発生前に取得させることが禁止(15条) |
| 違反した場合 | 民事責任(損害賠償)+刑事罰の対象となり得る |
実務では、これを回避するために「私募」の枠組み(少人数私募/適格機関投資家向け私募)を使うことが多くなります。
3-2 少人数私募のイメージ
| 観点 | 要点(イメージ) |
|---|---|
| 相手方の数 | 50名未満(適格機関投資家は人数から除外) |
| 実際の割当数 | 実際に割り当てられた人数が50名未満であることが必要 |
| 期間合算 | 過去6ヶ月以内の同一種類有価証券の少人数私募と人数合算 |
| 普通社債の要件 | 「多数に譲渡されるおそれが少ない」こと(記名式+転売制限などの条件) |
※社債券を発行しない場合は、「転売制限が付されている旨」を説明した書面を交付する形が想定されます。
3-3 適格機関投資家向け私募(プロ私募)のイメージ
| 観点 | 要点 |
|---|---|
| 相手方 | 適格機関投資家のみを相手とする取得勧誘 |
| 譲渡制限 | 適格機関投資家以外に譲渡されないよう、転売制限を明示(名称・記載・書面など) |
| 共通ルール | いずれの私募でも総額1億円以上なら、「有価証券届出書未届出である旨の告知」が必要 |
中小企業・ベンチャーの社債は、
「公募」ではなく、どの私募スキームを使うかの設計が実務の肝になります。
4 転換社債型新株予約権付社債とは?(構造の整理)
ここからは、いわゆる「転換社債」の方にフォーカスします。
4-1 用語の整理
| 用語 | 定義(会社法2条) |
|---|---|
| 新株予約権 | 株式の交付を受けることができる権利(21号) |
| 新株予約権付社債 | 新株予約権を付した社債(22号) |
| 社債 | 676条に従って償還される会社を債務者とする金銭債権(23号) |
4-2 転換社債型新株予約権付社債の特徴
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 構造 | 社債と新株予約権がセットになっている |
| 「転換社債型」とは | 社債を新株予約権に転換できる仕組みを持つタイプ |
| 行使時 | 新株予約権行使に際して社債を出資し、その代わりに株式を取得 |
登記実務で扱う新株予約権付社債は、ほとんどがこの「転換社債型」です。
5 転換社債型新株予約権付社債の発行手続(非公開・取締役会設置会社を前提)
流れをまず表で俯瞰します。
5-1 手続の全体像
| STEP | 主な手続 | 概要 |
|---|---|---|
| 1 | 取締役会決議 | 発行の方針決定・株主総会招集決定 |
| 2 | 株主総会招集 | 招集通知の発送/全員同意による省略も可 |
| 3 | 株主総会特別決議 | 新株予約権付社債の内容・数などを決定 |
| 4 | 募集事項の通知 | 引受希望者へ内容の通知(会社法242条) |
| 5 | 引受申込 | 申込書の提出(242条2項) |
| 6 | 取締役会決議 | 割当先・割当数を決定(243条)※総数引受契約も可 |
| 7 | 割当通知 | 割当日の前日までに通知 |
| 8 | 社債払込 | 社債の払込期日までに金銭の払込 |
| 9 | 原簿作成・登記 | 新株予約権原簿・社債原簿作成/割当日から2週間以内に登記 |
5-2 株主総会で決める主な事項(イメージ)
株主総会特別決議(会社法238条等)で、概ね次の事項を定めます。
| 分類 | 主な内容 |
|---|---|
| 新株予約権の内容 | 目的株式数/行使価額(または算定方法)/行使期間/行使条件/譲渡制限の有無/取得条項など |
| 社債の内容 | 676条に挙げられている:総額・金額・利率・償還方法・利払方法・払込金額・払込期日など |
| その他 | 割当日/払込期日/組織再編時の取扱い など |
5-3 総数引受契約を使うときのイメージ
総数引受契約を用いる場合は、
-
株主総会開催日=総数引受契約締結日=割当日
とすることもでき、申込+割当の手続を省略できます。
6 転換社債型新株予約権付社債の登記と資本金
最後に、「登記」と「資本金がいつ増えるのか」を整理します。
6-1 登記の期限・添付書類・登録免許税
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 登記の対象 | 社債そのものではなく「新株予約権」の登記(新株予約権付社債に付された新株予約権) |
| 期限 | 割当日から2週間以内 |
| 主な添付書類 | 株主総会議事録/株主リスト/取締役会議事録/引受申込書 等 |
| 登録免許税 | 9万円 |
6-2 登記事項のイメージ
一般的には、次のようなイメージで登記されます。
| 項目 | 典型例 |
|---|---|
| 新株予約権の名称 | 第●回転換社債型新株予約権付社債に付された新株予約権 |
| 払込金額 | 無償(社債側で払込) |
| 行使に際して出資される財産 | 社債 |
| 目的株式数 | 当初の転換価額+価額調整条項付き など |
6-3 資本金は「いつ」増えるのか
ここがよく誤解されるポイントです。
| タイミング | 会社に入るお金 | 資本金への影響 |
|---|---|---|
| 発行時(社債払込) | 社債の払込金額が会社に入る | 多くの場合、新株予約権の払込金額は無償なので、この段階では資本金は増えない |
| 新株予約権行使時 | 社債が現物出資される形で株式に転換 | このタイミングで資本金・資本準備金が増加する |
したがって、
「転換社債型新株予約権付社債を発行した瞬間に資本金が増える」
という理解は誤りで、増えるのはあくまで新株予約権が行使された時点です。
まとめ
このコラムで押さえておきたいポイントを、最後にもう一度表で振り返ります。
| テーマ | 押さえるポイント |
|---|---|
| 社債とは | 会社法676条の内容に基づき償還される金銭債権。利率・償還方法・払込期日などをきちんと決める必要がある。 |
| 発行の流れ | 募集事項決定 → 勧誘 → 申込 → 割当て → 通知 → 払込・発行。発行後は社債原簿の作成が必須。 |
| 金商法 | 「募集」に該当すると有価証券届出書等が必要。中小・ベンチャーでは少人数私募・適格機関投資家向け私募の設計が重要。 |
| 転換社債型新株予約権付社債 | 社債+新株予約権のセット。行使時に社債を出資して株式を取得する仕組み。 |
| 発行手続 | 株主総会特別決議で社債+新株予約権の内容を定め、割当・払込を経て原簿作成・登記へ。 |
| 登記と資本金 | 登記は新株予約権の登記。資本金が増えるのは新株予約権行使時であって、発行時ではない。 |




