理事長の就任承諾書だけでは足りない?医療法人設立登記で見落としがちな補正ポイント
医療法人の登記における就任承諾書の扱いと補正対応
医療法人の設立登記において、理事や理事長の就任承諾書の要否は、株式会社とは異なる論点が多く、法務局の運用も一律ではありません。
とりわけ「認可書に添付された就任承諾書の写しで足りるのか」「理事長の分だけでよいのか」といった点で、現場ではしばしば補正の対象となっています。
今回のケースでは、設立認可を受けて登記申請を行ったところ、理事長の就任承諾書は添付したが、理事の分は添付していなかったことから、法務局より補正の指摘を受けました。
申請人としては「認可申請時に理事と理事長の就任承諾書は提出済で、認可書にも写しが綴じ込まれている。なぜあらためて必要なのか」と困惑していました。
このようなギャップが生じる背景には、以下のような構造があります。
観点 | 株式会社(設立時) | 医療法人(設立時) |
---|---|---|
登記対象役員 | 原則、取締役全員(定款記載者) | 原則、理事長のみ(理事は登記対象外) |
就任承諾書の必要性 | 発起人兼任なら不要な場合あり | 理事長分は必須。理事分は法務局の判断分かれる |
定款の形態 | 公証人の認証が必要、電子定款多い | 紙定款+都道府県の認可が前提(認可書に綴じ込まれる) |
このため、医療法人では「理事長に就任するには理事である必要がある」という前提により、理事としての就任承諾書も別途添付を求められるという運用になることがあります。
運用は法務局によりバラつき有
とくに、定款に「理事長A」とのみ記載され、「理事A」と明記されていない場合には、「理事への就任承諾書が別に必要」とされるケースがあるため注意が必要です。
一部の法務局では、認可書の中に添付された就任承諾書の写しで代用可と扱う運用もありますが、全国一律ではありません。
理事長と理事の兼任表記が曖昧な定款と、就任承諾書の補正実務
医療法人の設立登記では、定款に記載された設立時役員の表記方法によって、添付すべき就任承諾書の範囲が変わる場合があります。
たとえば、定款に以下のように記載されていたとします。
理事長 A
理事 B、C
監事 D
この場合、理事長Aが理事でもあることは当然のように思えますが、法務局によっては「理事としての就任承諾書も添付が必要」と判断されることがあります。
つまり、
・「理事長A」としか書かれていない定款では
・「理事としての地位の明記がない」ことを理由に
・「理事Aの就任承諾書が別途必要」とされるケースがあるのです。
一方で、定款に「理事長A(理事A)」といった記載があり、理事としての地位が明示されている場合は、理事長の就任承諾書だけで足りるとする法務局もあります。
このように、定款の表記が形式的には足りているようでも、解釈次第で就任承諾書の補正を求められるリスクがあるという点は、実務家として見落とせないポイントです。
認可申請時の添付書類の援用の可否
また、認可申請時に添付された就任承諾書の写し(=認可書に合綴されたもの)について、これを登記に援用できるかどうかも法務局により運用が分かれます。
認可書に添付されていることを理由に、あらためて原本を求めない法務局もある一方で、「理事長Aの就任承諾書原本は登記に必要」と判断する法務局も存在します。
したがって、補正を避けるためには、以下の点を事前にチェックしておくことが推奨されます。
補正を避けるための事前チェックポイント
確認事項 | 理由 |
---|---|
定款に「理事長A」だけでなく「理事A」とも明記されているか | 理事としての地位が明示されていれば、承諾書1通で足りる場合がある |
認可書に添付された就任承諾書の写しを登記で援用できるか | 法務局の対応によっては原本が求められる可能性がある |
このような微細な形式の差異によって、補正や再提出が生じる点は、医療法人登記に特有の実務リスクといえるでしょう。
株式会社との違いから生じる医療法人特有の登記実務
医療法人の理事・理事長に関する登記実務は、株式会社のそれとは大きく異なります。とくに、「誰が登記対象となる役員か」という点と、「就任承諾書の添付要否」において、両者を混同して手続きを進めると、補正の原因になりかねません。
以下は、登記対象と添付書面に関する比較です。
登記対象と添付書面に関する比較
項目 | 株式会社(設立時) | 医療法人(設立時) |
---|---|---|
登記対象 | 取締役、代表取締役(すべて登記) | 理事長のみが登記事項 |
理事・取締役の就任承諾書 | 発起人兼任なら省略可 | 理事長分は必要。理事分は不要とされることもあるが、補正対象になることも |
書面の代用 | 定款や議事録の援用が比較的柔軟 | 認可書綴込の写しを援用できるかは法務局判断による |
たとえば、株式会社では定款(紙)に発起人かつ設立時取締役として記載があり、記名押印があれば、ここに就任承諾の意思が包含されているものとして、別途就任承諾書が不要になるケースがあります。
これに対して医療法人では、原則として設立時理事長の就任承諾書の添付が求められ、場合によっては登記事項でない理事としての就任承諾書も求められるという、厳格な扱いがなされる場面もあります。
医療法人では「理事長=理事の中から選定される」という要件があるため、理事としての就任が証明されていない場合には、理事長としての登記も認められないという論理に基づき、理事としての承諾が確認できないという理由で補正を求められるケースもあるということになります。
医療法人の定款の特殊性
さらに、医療法人の定款には、公証人の認証が不要であり、認可書に合綴された状態で管理されるため、登記の添付書類として「定款原本」や「就任承諾書原本」の扱いについて明確な指針が定まっていないのも混乱の一因です。
こうした違いを十分に理解しないまま、株式会社と同様の感覚で登記手続きを進めてしまうと、「認可書に添付されたもので済むと思ったが、別途原本が必要だった」というような補正を招くことになります。
実務対応における判断の分かれ目と補正リスクの回避策
医療法人の登記実務では、法務局ごとの判断の違いや、定款・認可書の文言解釈の揺らぎが補正の要因になることが多くあります。とくに設立時の理事長登記においては、以下のような判断の分かれ目が実務を左右します。
よくある判断の分かれ目
論点 | 法務局によって分かれる判断 |
---|---|
「理事長A」のみの記載で足りるか | 「理事A」と明記されていなければ、理事としての承諾書が別途必要とされることがある |
認可書に添付された写しの効力 | 認可書の就任承諾書写しで足りるとする法務局もあれば、原本添付を求める法務局もある |
定款・就任承諾書の援用可否 | 「理事長A」の表記のみでは、理事としての地位が確定しないとする見解も |
このような運用のばらつきは、医療法人の登記実務を難解にしています。とくに、認可段階では問題視されなかった形式が、登記申請段階で突如補正対象となることもあり、実務上の混乱を招きます。
補正リスクを回避するための実務対応
補正のリスクを最小限に抑えるには、以下のような実務的工夫が有効です。
対応策 | 内容 |
---|---|
定款の記載を「理事Aかつ理事長A」と明示する | 役職と地位を明確にし、理事の承諾確認が不要とされる形を整える |
理事長の就任承諾書は原本を添付 | 認可書の写しで足りる可能性があっても、補正防止のため原本を提出する |
事前に管轄法務局に相談・照会を行う | 地方ごとの運用差異を確認し、書式や記載内容を整えておく |
法的な一義的ルールがない以上、司法書士等の専門家としては、事前の照会と補正リスクの見積もりを徹底することが重要です。また、将来の法務局対応を想定し、「認可書に綴じ込まれているから大丈夫」とは安易に判断しない慎重な姿勢が求められます。
医療法人登記は、医療法、認可行政、商業登記の制度が交錯する領域であるからこそ、形式の整合性と書面の整備状況を常に見直す実務感覚が不可欠です。
手続きのご依頼・ご相談
本日は、医療法人設立登記で見落としがちな補正ポイントについて解説いたしました。
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