株主総会

書面決議でも株主提案は可能?議案提出権の限界と実務上の誤解

株主提案権とは?制度趣旨と「8週間前ルール」の背景

株主提案権とは、一定割合以上の株式を保有する株主が、会社に対して株主総会の議題を提案できる権利です(会社法303条)。
これは、取締役会によって独占されがちな株主総会の議題設定権を、一定の株主に分配し、経営陣の暴走を抑制するために設けられた制度です。

提案権を行使できる株主とは?

以下のいずれかを満たす必要があります。

区分 要件
株主数基準 議決権の1%以上を6か月以上継続保有している株主
株数基準 議決権300個以上を6か月以上継続保有している株主


提案の期限「8週間前」ルール

株主提案権の行使は、株主総会の日の8週間前までに会社へ通知する必要があります。
これは、会社が招集通知に株主提案の議題を記載する準備期間を確保するためのルールです。

上場会社での例
・株主総会日が6月30日(月)
・招集通知の印刷・発送を6月10日に設定
・株主提案は5月5日までに提出が必要

印刷工程・社内決裁・監査調整などの都合により、実務的にはさらに前倒しされることも珍しくありません。

実務での典型的な提案内容

・取締役・監査役の選任または解任
・定款変更(株主権の強化等)
・剰余金の配当や自己株式の取得
・ステークホルダー対応(ESG、サステナビリティ議題など)

しかし、こうした株主提案権が、書面決議を用いるケースにおいても認められるのか?
この点には、制度的な“抜け”があり、実務上も誤解が広がりやすい論点です。

書面決議の「株主総会の日」はいつ?

8週間前ルールとの矛盾と実務上の混乱

株主提案権には「株主総会の日の8週間前までに請求しなければならない」という期限があります。
では、「書面決議(会社法第319条)」を採用する場合、この「株主総会の日」はどう定義されるのでしょうか?

書面決議に「株主総会の日」はあるのか?

原則として、書面決議は株主全員の同意が得られた日をもって「決議があったものとみなされる日」とされます(会社法319条)。
つまり、通常の株主総会と異なり、明示的な「開催日」が存在しないのです。

では「提案日」を基準にすべき?

ある司法書士の現場では、こうした疑問が持ち上がりました。

「そもそも決議日が定まっていない以上、8週間前という期限はカウントできないのでは?」
「ならば、提案書を発した日を基準にすべきなのでは?」

この発想は、ある意味で合理的です。
実際、提案日=意思形成の起点であるならば、そこから8週間のカウントを行うというのは一つの見解といえます。

しかし会社法には「提案日基準」の明文なし

会社法303条には、「書面決議の場合には提案日を起算とする」旨の明文規定は存在しません。
一方で、会社法442条(計算書類の備置義務)など、条文上で書面決議の扱いを明確に区別している規定もあります。
つまり、条文上の「区別」がない=通常の株主総会と同様の扱いを前提としているという解釈が妥当という考え方もあります。

「書面決議=株主総会」ではないのか?

会社法319条における書面決議は、確かに「株主総会の決議があったものとみなす」制度です。
したがって、書面決議が成立した日を「株主総会の日」とみなして、そこから逆算して8週間前が提案期限だと考える方が、条文上は自然です。

曖昧なまま進むとどうなるか?

仮に、株主から「この議案を株主総会に出してほしい」という請求があり、会社が書面決議による実施を検討していた場合、
「提案期限を満たしているかどうか」が不明瞭なままでは、議案の採否自体が無効と主張されるおそれも否定できません。

書面決議に株主提案はできるのか?

制度の限界と実務上のリアル

株主提案権は会社法303条に基づき、「株主総会の目的である事項について議案の提出を請求する権利」とされています。
では、書面決議(319条)という「株主総会を開かない手法」に対しても、この提案権は適用されるのでしょうか?

この問いに対しては、学説・実務ともに明確な答えが出ていないのが現状です。

条文上は「適用除外」の明記なし

会社法303条~305条には、書面決議に株主提案権が「適用されない」との明文規定は存在しません。
一方で、実務上は「そもそも書面決議において株主提案を前提にすること自体、ナンセンス」という立場が支配的です。

なぜか?実務的に矛盾が生じるから

たとえば以下のような状況を想像してみてください。

・ある株主が「議案を出したい」と会社に請求
・しかし会社は、株主総会を開かず書面決議で処理しようとしている
・この場合、株主の請求権を行使するためには、「株主総会を開催」する必要が出てきます
→ 結果的に、株主提案権の行使によって「書面決議ができなくなる」という逆転現象が発生します。

実務界の見解:書面決議に株主提案は「制度的に適合しない」

実務においては、以下のような整理が一般的です。

論点 実務上の扱い
書面決議でも株主提案権は行使可能か? 原理的にはYESだが、実務上は想定されていない
書面決議で提案権が行使されたらどうなる? その時点で書面決議が困難になり、株主総会の招集が必要になる可能性あり
学説上の整理 一部では「書面決議には適用されない」との見解もある



裁判例や法務省の見解は?

現時点で、明確に「書面決議には株主提案権は適用されない」とした裁判例や通達は存在しないと考えられます。
ただし、専門書の中には「319条の書面決議は、303条以下の制度と相いれない」と解説するものもあり、
実務指針上は“適用除外に近い”運用がされていると見られます。

司法書士の視点から

無用な混乱を避けるための実務対応とアドバイス

書面決議における株主提案権の適用について、条文上は明確な適用除外規定がない一方、実務では「想定されていない」「適用されないものとして扱われている」状況が続いています。
このような制度と実務のあいだにある“隙間”に、現場の混乱はしばしば生じます。

実務上の基本姿勢「株主提案があり得るなら、書面決議は避ける」

特に外部株主を含む非公開会社や、株式が分散している親族会社では、形式的には提案権行使の可能性が否定できないケースもあります。
このような状況下で書面決議を採用すると、後から提案権の不行使を問題視されるリスクがあります。
したがって、株主提案の可能性があるならば、原則として「株主総会の開催による決議」に切り替えるべきです。

株主が1名の場合は別枠で考える

株主が1名(=完全子会社等)である場合、その株主が提案権を行使することに実益はなく、かつ同意すれば書面決議は即成立します。
→ この場合、株主提案権の制度趣旨そのものが形骸化するため、「書面決議で問題なし」というのが実務的な整理です。

実務トラブルの予防策

トラブル例 予防策
書面決議提案後に株主から議案提案の請求があった 速やかに株主総会開催の方向へ切り替え、招集通知に反映させる
株主総会を開催するか迷っている 提案権の可能性(株主数・保有比率)を事前に確認し、書面決議を選ぶか慎重に判断
「提案期限」に関する誤解 招集通知作成のスケジュールと照らして逆算し、余裕をもって受領体制を構築


登記実務への影響

株主提案の扱いに関する誤解があったとしても、登記申請自体に直接的な瑕疵があるとは限りません。
しかしながら、「正当な手続による決議だったかどうか」が争われた場合には、登記の前提となる決議の有効性が問われる可能性があります。
→ したがって、株主総会か書面決議かの選択は、形式ではなく「株主構成とリスク許容度」によって戦略的に判断する必要があります。

手続きのご依頼・ご相談

株主提案権と書面決議の関係は、会社法上の明確な整理がなされていないグレーゾーンですが、
実務の観点からは「書面決議と株主提案は制度的に相容れない」と考えるべきです。

株主構成、議案内容、決議手法の選択は、法的安定性だけでなく、登記・後々のトラブル回避にも大きく関わります。
司法書士としては、制度のグレーな部分にこそ「実務での明確な基準」を持つことが重要です。

会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は、千代田区の司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。



本記事の著者・編集者

司法書士法人永田町事務所

商業登記全般・組織再編・ファンド組成・債務整理などの業務を幅広く取り扱う、加陽 麻里布(かよう・まりの)が代表の司法書士事務所。
【保有資格】
司法書士登録証

会社法人登記(商業登記)の

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