役員変更

辞任と就任を1日でつなぐ「条件付き辞任」の実務

後任が決まらないと辞められない?よくある“辞任のタイミング”の悩み

「役員を辞任したいのですが、後任が決まってからじゃないと辞められないでしょうか?」
これは、時々、当事務所に寄せられるご相談の1つです。
従業員兼任の取締役で、他部門に異動が決まり、役員を降りる予定。
しかし、後任候補がまだ社内で固まっておらず、「とりあえず自分が辞任届を出してしまうと、役員の欠員になるのでは?」と疑問を抱える方も少なくありません。

たしかに、取締役の辞任はいつでも自由にできるのが原則です(民法上の委任契約と同様)。
しかし、「後任が決まった時点で辞任としたい」という実務上のニーズは非常に多く、辞任と後任就任を“1日でつなぐ”処理を求められるケースも日常的に存在します。

このような場面でしばしば使われるのが、「条件付き辞任」という方法です。
たとえば「○月○日開催の株主総会の終結をもって辞任する」など、将来発生する条件を明記しておくことで、実質的に“後任とバトンタッチする日”を辞任日とするわけです。

「条件付き辞任」は有効なのか?期限付きと条件付きの違い

取締役の辞任は原則としていつでも自由に行えるものとされ、辞任の意思表示が会社に到達した時点で効力が生じます。
しかし実務上は、辞任の効力を「特定の時点」に合わせたいというニーズが高く、たとえば次のような文言が使われます。

・「令和◯年◯月◯日をもって辞任します。」(=期限付き辞任
・「令和◯年◯月◯日開催の株主総会の終結をもって辞任します。」
・「後任者が選任されたときに辞任します。」(=条件付き辞任

ここで区別すべきは、「期限付き辞任」は広く認められている一方、「条件付き辞任」には理論上の限界があるという点です。

民法540条では、「解除の意思表示は撤回できない」とされており、到達した時点で確定することが重要です。
そのため、「辞任します。ただし後任者が決まったら」などと書くと、効力発生の条件が不確定としてその効果に疑問が生じるおそれがあるのです。

しかし、実務上はこれに柔軟に対応する方法があります。
それが「将来の確定した事実(=株主総会の終結日など)を期限として辞任する」形です。

たとえば、

「私は、令和◯年◯月◯日開催の定時株主総会の終結をもって、取締役を辞任いたします。」

このように明確な期限に基づいた辞任は、「条件付き」ではなく「期限付き辞任」として有効に取り扱われます。
実務ではこの形を採ることで、後任者の就任と同日に“きれいに引き継ぐ”ことが可能となります。

「同日辞任・就任」を実現するための実務対応と文例

実務で最も多く見られるのは、辞任と後任の就任を同一日に揃える処理です。
たとえば、以下のようなスケジュールで処理されるケースです。

・同日午前:辞任届を提出(辞任日を「本日開催の株主総会の終結日」とする)
・同日午後:株主総会で後任取締役を選任し、就任承諾を取得
・同日中:就任登記を申請

このような処理を行う際には、辞任届の文言と登記書類の整合性が極めて重要です。
登記がスムーズに受理されるためには、辞任の効力発生日が明確に定まっており、かつ客観的に証明可能な記載とすることが求められます。

【実務で使われる辞任届の文例】
私は、取締役を辞任いたします。
なお、辞任の効力発生日は、令和◯年◯月◯日開催の定時株主総会の終結時といたします。
令和◯年◯月◯日
氏名(自署)

このような文面により、「将来到来する確定日時」に辞任の効力を発生させることが可能です。
この場合、辞任の意思表示自体はすでに会社に到達しているため、登記の基礎としても有効と認められます。

条件設定を誤るとどうなる?よくあるトラブルと回避のコツ

ある企業では、辞任届に以下のような記載がありました。

「後任取締役が選任されたときに、取締役を辞任します。」

このように条件の成否が不確定な表現は、辞任の意思表示としての法的有効性が否定されるリスクがあります。
登記実務では「いつ辞任したか」が明確でないと、辞任登記を受理できません。
結果として、辞任の効力が曖昧=取締役の在職扱いとなり、後任との重複登記を避けるため補正や説明を求められるのです。

また、辞任の効力発生日を定時株主総会に連動させた場合でも、その株主総会の開催が延期された、あるいは開催されなかったとなると、登記申請の前提が崩れ、同様に補正が必要になることがあります。

このようなトラブルを防ぐには?

・「○年○月○日付で辞任します」と、明確な日付を記載する。
・または、「○年○月○日開催の定時株主総会の終結をもって辞任」とするなど、確定的な将来事実を期限に設定する
就任承諾書や株主総会議事録の整合性を確認し、辞任と就任のタイミングを揃える

これらの工夫を施せば、辞任・就任の“1日バトンタッチ”は十分に可能です。

手続きのご依頼・ご相談

本日は、辞任と就任を1日でつなぐ「条件付き辞任」の実務について解説いたしました。
会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は、司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。



本記事の著者・編集者

司法書士法人永田町事務所

商業登記全般・組織再編・ファンド組成・債務整理などの業務を幅広く取り扱う、加陽 麻里布(かよう・まりの)が代表の司法書士事務所。
【保有資格】
司法書士登録証

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