役員変更

補欠取締役が就任しない場合、どう証明する?辞任・就任拒否・選任取消の実務判断

補欠取締役の「辞任」とはどういう意味か?

ある会社で、以前に補欠取締役として選任された者がいましたが、実際には取締役として就任しておらず、会社としても「その人は結局就任しなかった」と認識していました。ところが後日、会社から「登記に支障が出るため、正式に辞任の書面を出してほしい」と連絡が入りました。
このような場面では、「補欠取締役を辞任することはできるのか?」という疑問が生じます。

実務上、補欠取締役は選任されただけでは直ちに取締役に就任するわけではありません。実際に欠員が生じたときに、就任承諾をもって正式に取締役として就任する仕組みになっています。つまり、欠員が出ていない限り、補欠取締役は「まだ取締役ではない」という立場です。

それでも辞任届を求められる場面があるのは、会社が「就任する意思がないことを明確に証拠として残しておきたい」と考えているからです。

そもそも「辞任」なのか?それとも「就任拒否」か?

補欠取締役は、欠員が生じたときに就任する余地を持っている立場です。
そのため、欠員が生じる前に「辞任する」という表現を使うことに違和感を持つ専門家もいます。

たとえば、株主総会で補欠取締役として選任されたものの、本人が「やっぱりやりたくない」と意思を表明した場合、これは「辞任」というよりも、「就任の意思がない=就任承諾をしない=就任拒否」と整理するのが法的には正確です。
民法上の委任契約においては、解除の意思表示(=辞任)は相手方に到達すると撤回できません(民法540条)。
したがって、補欠取締役に選任された者が「辞任届」を提出した場合、それが「撤回不能な辞任」とみなされることを恐れ、「辞任」という表現を避けて「就任拒否届」とするケースも見られます。

会社法の仕組み上、「補欠」として選任されていた人が、実際に欠員が生じる前に「辞めたい」と表明するなら、「就任承諾を行わない意思の通知」という形で処理するのが自然といえるでしょう。

補欠取締役は「辞任」できるのか?実務における割り切りと登記対応

では、補欠取締役が「辞任」するという扱いは、実務上あり得るのでしょうか?
現実の商業登記実務においては、「補欠取締役の辞任届」という形式で処理される例が少なくありません。
たとえば、会社としては補欠取締役を選任していたが、本人が就任の意思を示さないまま長期間が経過し、後日「辞任届」を提出してくるケースがあります。

このような場合、形式的には「補欠の地位を辞退した」として登記実務では「補欠の地位からの辞任」と整理され、記録上もその旨を確認して後任を選任する流れになります。
とはいえ、法的には「辞任」ではなく、「就任承諾の意思表示がない」=「就任拒否」と解されるのが通常です。

また、すでに欠員が発生しており、補欠取締役の就任が自動的に発生する直前に「辞任届」を提出するような場合は、辞任の意思表示が会社に到達した時点で、補欠としての地位を事実上放棄したものとして扱われる可能性もあります。こうした場合の登記の添付書面としては、就任拒否届や辞任届のほか、会社側からの説明書(上申書)を添付することで対応されることがあります。

このように、辞任という言葉を用いるかどうかはともかくとして、「補欠の地位を放棄したい」という本人の意思表示があった場合、それをどう整理し、記録・登記に反映するかは実務上の判断に委ねられる部分も多いのです。

補欠役員制度の実務上の限界と留意点――制度はあるが、人気が出ない理由

補欠役員制度は、取締役や監査役に急な欠員が出た場合に、会社の意思決定機能を停止させないための重要な制度です。
しかし、実務上はあまり積極的に活用されていないのが現状です。その理由は、制度の有用性とは裏腹に「中途半端な立場」が当人にも会社にも負担を生じさせるからです。

まず、補欠取締役に選任されたとしても、欠員が発生しない限り「何も起きない」状態が続きます。しかも、欠員が出た時には原則として当然に就任することになるため、本人の意思確認を改めて行う時間的猶予もありません。制度をよく理解していない補欠取締役が、就任を拒否して混乱を招くケースもあります。

また、任期の扱いも煩雑です。特に監査役の場合は補欠であることを明示し、定款に定めがなければ任期の承継ができません。実際、補欠として選任されたはずが、条文解釈上の整理が不十分なために、法務局で任期不一致を指摘されるという事例も見受けられます。

そのため、実務上は「いざという時の保険」として補欠役員を選任しつつも、実際に欠員が出た場合には新たな役員を選任することで対応するケースが多数です。「役員を選び直す手間と、補欠制度をめぐる不確実性と、どちらを取るか」という天秤で、結局前者が選ばれているのです。

今後、補欠役員制度をより実効性のあるものとするためには、制度設計の柔軟性や本人の意思確認プロセスの明確化、登記手続き上の運用整備などが求められるでしょう。

手続きのご依頼・ご相談

本日は、補欠取締役の辞任・就任拒否の考え方について解説いたしました。
会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は、司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。



本記事の著者・編集者

司法書士法人永田町事務所

商業登記全般・組織再編・ファンド組成・債務整理などの業務を幅広く取り扱う、加陽 麻里布(かよう・まりの)が代表の司法書士事務所。
【保有資格】
司法書士登録証

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