役員変更

成年後見制度と取締役の退任、任意後見と法定後見の影響を整理

成年後見制度と取締役

日本の成年後見制度は、高齢化社会における意思決定支援の重要なツールとして広がりを見せています。しかし、この制度が企業の取締役という重要な役職にどのような影響を及ぼすのかは、必ずしも広く理解されているわけではありません。本コラムでは、任意後見と法定後見の両面から、取締役の地位や会社経営に与える影響を整理し、実務上の課題とその解決策を考察します。

1. 任意後見と取締役の地位

任意後見契約は、本人が判断能力を十分に持っている間に、将来の判断能力低下に備えて支援者を選び、契約を結ぶ制度です。この制度は本人の意思を尊重することを基本理念としているため、法定後見と異なり任意後見契約が発動しても、取締役の資格そのものに直接的な影響を与えることはありません。

任意後見における実務上の課題

経営判断への影響:任意後見契約の発動後、本人の判断能力が部分的に低下している場合、取締役としての職務遂行が困難になることがあります。この場合、本人が引き続き経営に関与することが、会社や株主にとって適切かどうかが問われます。
透明性の確保:株主や他の役員に対して、任意後見契約の内容や発動状況について十分な説明を行い、信頼を確保することが求められます。

2. 法定後見による取締役の退任

法定後見は、家庭裁判所の審判により、本人が判断能力を欠いていることが正式に認定された場合に開始されます。会社法や民法の規定に基づき、法定後見が取締役に及ぼす影響は明確です。

取締役と法定後見:民法653条の委任終了事由

取締役と会社の関係は民法上の「委任契約」に基づきます。この委任契約は、民法第653条により「後見開始の審判を受けたこと」を理由に終了します。その結果、取締役は法定後見開始時点で自動的に退任します。

法定後見下での実務的課題

1人取締役のケース:多くの中小企業では、唯一の取締役が会社の株式をすべて保有しているケースが多いです。この場合、取締役が退任してしまうと、株主総会を開き新たな取締役を選任する必要があります。
課題:株主自身が後見開始の審判を受けている場合、後見人が代わりに株主総会を開催し、新たな取締役を選任することになります。後見人が会社の事情に精通していない場合、適切な後任者を選ぶことが困難になる可能性があります。
成年被後見人の再任問題:一旦後見開始の審判を受け退任した取締役が、再び取締役に就任できるのかという点についても議論があります。令和3年の会社法改正により、成年被後見人も取締役に就任することが可能となりましたが、実務上は以下の問題が考えられます。
・被後見人の就任には本人の意思能力が必要。
・後見人が代わりに意思を示すことはできないため、就任時点で意思能力が一時的に回復している必要があります。

※なお、被後見人と同様に、被保佐人や被補助人も取締役に就任することが可能です。
また、保佐開始や補助開始の審判の場合、後見開始とは異なり委任関係が終了することはありません。

3. 任意後見と法定後見の比較と経営者への影響

項目 任意後見 法定後見
開始条件 本人の意思に基づく契約が発動 家庭裁判所の審判により開始
取締役資格の喪失 喪失しない 喪失する(民法653条に基づく委任契約終了)
実務上の影響 経営判断能力の低下による実務的困難が生じ得る 取締役の退任後、新たな取締役選任が必要
再任の可能性 問題なし 成年被後見人として再任可能だが現実的困難あり


4. 課題と解決策

任意後見契約が発動した後も、本人の状態が経営判断に支障を来たすようであれば、取締役を辞任するタイミングを慎重に検討する必要があります。
取締役は、自らの意思によって辞任することが可能です。しかし、辞任には意思能力が求められるため、認知症が進行し、民法第7条に定める「事理を弁識する能力を欠く常況」にある場合には、自らの意思で辞任を行うことはできなくなります。この場合、任期満了まで待つか、任期満了まで長い場合は、任期を短縮するか、場合によっては、取締役会や株主総会において、解任手続きを進めるケースも考慮することになります。

現行の法制度では、任意後見の開始が取締役の地位に与える影響について明確な指針がないため、実務上の対応は企業ごとに異なります。特に高齢化が進む日本において、任意後見契約を活用する経営者が増加する中、取締役の判断能力と任意後見の発動状況を結びつける基準の明確化や任意後見契約発動後の取締役継続に関するガイドラインの整備などが早急に必要であると感じます。

手続きのご依頼・ご相談

成年後見制度は、高齢化社会における意思決定支援の重要な仕組みであり、企業経営にも少なからぬ影響を与えます。特に取締役の地位に関しては、法定後見の開始による即時退任のリスク、任意後見発動後の実務上の課題が存在します。
本日は、成年後見制度と取締役の退任、任意後見と法定後見の影響について解説いたしました。
会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。



本記事の著者・編集者

司法書士法人永田町事務所

商業登記全般・組織再編・ファンド組成・債務整理などの業務を幅広く取り扱う、加陽 麻里布(かよう・まりの)が代表の司法書士事務所。
【保有資格】
司法書士登録証

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