株式会社への移行時に代表取締役を選定できない?「選定機関不在」の登記実務対応
代表取締役の「選定機関」が存在しないケースとは?
代表取締役の選定において、「選定機関が存在しない状態での予選」という、通常とは異なるケースが実務上問題となることがあります。
その典型例が、特例有限会社が株式会社へ移行する場合です。
たとえば、特例有限会社が株式会社に移行するにあたり、「取締役会設置会社」となる定款変更を同時に行うとします。
この場合、移行後の会社は取締役会設置会社であるため、代表取締役は「取締役会」によって選定されなければなりません。
ところが、ここに実務上の矛盾が生じます。株式会社への移行は登記が効力要件とされており、移行の登記が完了しない限り、取締役会そのものが存在しません。
つまり、代表取締役を選定すべき機関である「取締役会」がまだ存在していない状態で、誰かを代表取締役に選定しなければならないというジレンマに直面するのです。
一方で、代表取締役が選定されなければ、移行登記の申請者(代表取締役)不在という状況になり、そもそも登記が行えないという根本的な問題にもつながります。
このように、「選定機関がないから代表取締役を選べない」「代表取締役がいないから登記ができない」という堂々巡りに陥るケースが実務上発生し得るのです。
「定款で代表取締役を定める」苦肉の実務対応
前節で述べたように、選定機関が存在しないために代表取締役を選べないという構造的な問題を解消するため、実務上は苦肉の策として「定款で代表取締役を定める」方法が採用されることがあります。
これは、株式会社の定款において「代表取締役は○○とする」と特定の人物を明記する形で選定する方法です。
こうすることで、取締役会の開催を経ることなく、登記に必要な代表取締役を事前に確定することが可能となります。
この対応はあくまで例外的措置であり、通常の代表取締役選定のあり方(取締役会の決議による選定)とは異なります。
しかし、選定機関が不在という構造的制約により、適法な代表者を先に登記上確保する必要があるという背景から、定款記載方式が合理的な手段と評価されているのです。
ただし、定款で代表取締役を定める場合には、以下のような注意点もあります。
課題項目 | 内容 |
---|---|
定款変更の特別決議 | 特定の個人を記載するため、会社法上の定款変更手続が必要 |
恒久的な規定とならないよう注意 | 一時的な代表者指定として後日削除または変更を行うケースが多い |
本人の同意と登記対応 | 記載された人物が代表取締役として登記されるため、本人の就任承諾書等も整備が必要 |
この方法は、通常の代表者選定手続に比べてやや複雑であることから、実務上も一部の専門家や法務局との事前相談を経たうえで行われることが多いです。
選定機関が「株主総会」である場合の予選の可否
代表取締役は、原則として取締役会設置会社では取締役会によって選定されます。
ところが、会社の機関設計によっては、例外的に株主総会が代表取締役の選定機関となっているケースも存在します。このような場合、代表取締役の「予選」が認められる余地が生まれます。
たとえば、取締役会設置会社であっても、定款の定めにより株主総会で代表取締役を選定する方式を採っている会社があります。
この場合、定時株主総会で改選された取締役が就任する前に、同じ株主総会の場で、改選後の構成を前提とした代表取締役の予選が行われることが実務上許容されています。
これは、代表取締役の被選定者が、株主総会終了時点で正式に取締役となることを前提に、その就任予定者を代表者として予選する決議を同じ株主総会内で行うという構成です。
被選定者が当該時点では取締役ではないものの、同一株主総会において選任されることが確定しているため、一定の合理性が認められているのです。
このようなケースは極めて稀ではありますが、予選の許容範囲を考えるうえで非常に参考になる論点です。
代表取締役の予選可否は「機関設計」と「選定時点の構成員」によって決まる
ここまで見てきたように、代表取締役の予選が可能か否かは、単なるタイミングや形式だけでなく、会社の機関設計や選定機関の構成によって大きく左右されます。
たとえば、取締役会設置会社において、登記未了ゆえに取締役会がまだ存在しないという段階では、代表取締役の選定そのものが成立しません。
これは、選定機関である取締役会が物理的に存在しないためであり、代表者を登記する必要があるにもかかわらず、選定できないという構造的な問題に直面します。
また、取締役会が存在する場合であっても、選定時点の取締役会の構成メンバーと、就任時点の取締役会の構成員とが異なるようなケースでは、予選が否定されることがあります。
代表取締役はあくまで「現に存在する取締役会の構成員によって選定されなければならない」ため、予選を行う取締役会が“選定する権限を正当に有する構成”であることが求められるからです。
このように、代表取締役の予選の可否を判断するにあたっては、次の2点がカギとなります。
判断ポイント | 検討内容 |
---|---|
機関設計の有無 | 取締役会設置会社か否か、選定機関がどこか(取締役会 or 株主総会) |
選定決議時の構成 | 予選決議を行う機関の構成員が、正当に選定権限を持っているか |
これらの論点を踏まえれば、登記申請や書類作成の実務においても、代表者選定の時期や手順を慎重に設計する必要があることが分かります。
表面的には「選任と選定の違い」「効力発生日の設定」だけのように見えても、実務に即した機関構成の検討を怠れば、登記手続に重大な支障をきたすおそれがあります。
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本日は、「選定機関不在」の登記実務対応について解説いたしました。
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