取締役の旧姓を登記に併記するには?制度の概要と申出手続の注意点
初めて旧姓併記を扱うときに戸惑いやすいポイントとは
法人登記において、取締役や監査役の氏名は原則として戸籍上の「本名」で登記されますが、令和に入って以降、結婚・離婚後も旧姓をビジネスで使い続けたいという希望を反映し、「旧姓併記」の申出制度が利用されるケースが増えてきました。
ただし、旧姓併記は「登記そのもの」ではなく、行政サービス的な取扱いで、登記申請に附随して行う“申出”と位置づけられています。
そのため、司法書士としても初めて対応する際は、「具体的にどう書けばいいのか?」「どの書式が必要か?」といった実務面での戸惑いが生じやすい論点です。
実際、以下のような流れで旧姓併記が求められる場面が多く見られます。
・新任取締役の本人確認証明書には旧姓が使用されている
・議事録は旧姓で作成されているが、就任承諾書や戸籍上の氏名とは異なる
・本人としては旧姓併記を希望していたが、担当者間で意思疎通が不十分で、証明書類が提出されていなかった
このような場合、旧姓を登記簿に併記するには、「旧姓併記の申出書」と「戸籍の全部事項証明書(旧姓の記載があるもの)」を添付し、役員変更登記と同時に申出を行うことで対応できます。
申請書・委任状・議事録で注意すべき「旧姓併記」の記載要領
旧姓併記の申出は、登記申請と同時に行うのが原則です。その際、申請書・委任状・添付書類のどこまで旧姓に触れるべきかという点が、実務上しばしば混乱を招きます。
実際、法務省の公開する記載例(旧姓併記に関するQ&A・PDF資料)によると、登記申請書にも、旧姓併記の申出を記載すべきであり、委任状にも旧姓併記を含めた文言を明記するよう求められています。
しかし、令和初期の実務では、次のようなケースでも補正が発生せず受理されていた実例があります。
・委任状は通常の役員変更用で、「旧姓併記」の記載がない
・申請書にも旧姓併記の申出を明示していない
・添付書類として戸籍の全部事項証明書のみ追加した
このような状況から、法務局ごとの運用差や、制度初期の混乱も影響していると考えられます。
登記に使用する書類での取り扱いポイント
書類 | 記載内容の実務目安 |
---|---|
登記申請書 | 「旧姓併記の申出」を明示するのが原則。法務省の記載例を参照 |
委任状 | 委任事項に「旧姓併記を含む登記申請」と記載するのが望ましい |
戸籍謄本(全部事項証明書) | 旧姓の使用履歴が明記されたものを添付(抄本は不可) |
株主総会議事録 | 新任時は本名の記載が必須。旧姓の併記は任意だが望ましい |
取締役会議事録 | 旧姓のみでも可。ただし、本人を特定できる文脈が必要 |
代表取締役の氏名記載に関する注意点
代表取締役が旧姓併記の対象者である場合、委任状の代表者欄や申請書中の記載も「本名+旧姓」にする必要があります。
旧姓のみを代表者氏名として記載することは認められていません。
この点は、「旧姓は本名に付随する補足情報である」という制度趣旨に基づくため、登記申請書において本名を省略することはできないという理解が実務上確立しています。
重任や代表者選任時の旧姓併記──議事録・登記事項の許容範囲と運用実態
旧姓併記の運用は、登記実務として定着しつつありますが、「重任する場合はどう書くべきか?」「代表取締役にはどこまで併記が必要か?」といった細かい論点では、いまだに運用に差が見られる部分もあります。
たとえば、重任の場合の株主総会議事録について、法務省の先例解説では次のように整理されています。
重任の場合の議事録記載の取扱い
場面 | 氏名記載の要否 |
---|---|
株主総会議事録(新任) | 本名の記載が必須(旧姓のみは不可) |
株主総会議事録(重任) | 旧姓のみの記載でも可(本人特定が可能であれば) |
取締役会議事録 | 旧姓のみでも可(本名の併記は任意) |
これは、「旧姓は補足情報にすぎず、登記上の識別はあくまで本名を基準とする」という原則に立ちつつ、実際の本人特定が可能であれば議事録での表記ゆれを許容するという、現実的な対応を反映したものといえます。
一方で、代表取締役の登記に関する記載だけは厳格です。
たとえば、委任状や登記申請書の代表者氏名欄に「旧姓のみ」を記載することは不可とされ、必ず「本名のみ」または「本名+旧姓」の記載が求められます。
実務的に注意すべきポイントまとめ
論点 | 注意点 |
---|---|
旧姓のみの記載が許容される書類 | 取締役会議事録、重任時の株主総会議事録(本人特定ができる場合) |
旧姓のみでは不可の書類 | 登記申請書の氏名欄、委任状の代表者欄、新任時の株主総会議事録 |
本名省略が許されない理由 | 旧姓は補助情報であり、登記の名義人はあくまで戸籍上の本名 |
旧姓併記の制度は、柔軟に運用されている部分もありますが、登記上の根幹に関わる「氏名の厳格性」は崩れていません。
本人確認・代表権の記載・識別性という観点から、どの書類で何を省略できて、何を省略してはいけないかを整理しておくことが、補正やトラブル回避のうえで極めて重要です。
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本日は、取締役の旧姓を登記に併記するには?制度の概要と申出手続の注意点について解説いたしました。
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