役員変更

唯一の取締役が退任・欠格・意思喪失したら?1人会社のリスクと補欠取締役の活用策

1人会社に潜む「意思不能」のリスクと制度上の限界

法人経営の実務では、1人会社(唯一の株主兼取締役によって構成される株式会社)という形態は、設立も運営も簡便である反面、「代表者が突然不在となるリスク」への備えが極端に弱いという本質的な課題を抱えています。
たとえば、以下のようなケースが典型です。

・株主兼取締役である代表者が死亡した場合 → 相続が発生し、遺産分割協議後に株主が確定
・しかし、取締役がいないため、株主総会を招集する者がいない
・結果として、取締役を選任できず、登記・契約・口座手続が一切ストップする

あるいは、死亡ではなく「認知症・意思能力の喪失」の場合もさらに厄介です。
株主は存在していても意思表示ができないため、遺産分割も株主総会も開催できず、成年後見人の選任を待つほかなくなります。

こうした状況に陥った場合、実務では「一時取締役(仮取締役)」の選任を裁判所に申し立て、株主総会を開催して新たな取締役を選任するという手段がとられますが、これは時間・費用・手間のいずれの面でもハードルが高く、できれば避けたい法的対応です。

補欠取締役制度とは?1人取締役体制における有効なリスク回避策

唯一の取締役が死亡・辞任・欠格などにより退任した場合、会社は取締役不在の状態となり、登記・契約・意思決定の一切が停止します。
この深刻なリスクに対し、会社法上に用意されている制度が「補欠取締役(会社法第329条第3項)」です。

補欠取締役とは、あらかじめ株主総会の決議によって「欠員が生じたときに限り就任する」条件付きの取締役であり、実際に欠員が生じた瞬間に自動的に就任の効力が生じます。
この制度はもともと上場企業などで、定足数の確保や機関不全の回避を目的に整備された仕組みですが、実は1人会社のような小規模な会社においても、非常に実効性の高いリスク対策になります。
特に有効なのは以下のような場合です。

ケース 補欠取締役が機能する理由
唯一の取締役が死亡した 補欠取締役が自動的に就任 → 株主総会を招集可
欠格事由(成年後見開始等)に該当 補欠取締役が即時に取締役となり、業務継続可能
唯一の取締役が急病・辞任 補欠取締役が空席を埋め、代表権の回復が可能

ただし、実務では補欠取締役の制度を使いこなしている中小企業はまだ少なく、「選任したつもりが有効期限が切れていた」というケースも見られます。
会社法施行規則第96条第3項により、補欠取締役の選任効力は「当該決議後最初に開催する定時株主総会の終結時まで」とされているため、毎年再選任しないと効力が失われてしまう点に注意が必要です。

補欠取締役の選任効力を10年に延長する定款設計と導入実務

補欠取締役は非常に有効な制度ですが、会社法施行規則第96条第3項により、選任効力は「原則として次の定時株主総会まで」という極めて短い有効期間に制限されています。
このため、1人会社のように定期的な株主総会の開催が形式的になりがちな会社では、補欠取締役を選任したこと自体を忘れてしまう、あるいはいつの間にか効力が失われていたという事態になりかねません。

このリスクを回避するには、定款で次のような規定を設けるのが実務上有効です。

「補欠取締役の選任決議の効力は、当該補欠取締役が就任するか、またはその選任後10年以内に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結時まで有効とする」

このようにすれば、補欠取締役の効力を最大10年間維持することができるため、実質的に役員改選時にあわせて補欠取締役も選任しておけば、毎年のように決議を繰り返す必要はありません。
実際に今回取り上げた事例でも、司法書士がクライアント企業にこの定款設計を提案したところ、次のような流れで採用が決まりました。

1.現在の取締役は1人だけ。認知症・死亡時の空白リスクが大きい
2.補欠取締役制度を導入し、定時総会で補欠取締役を選任
3.その効力を10年維持できるよう、定款変更を提案
4.クライアント側から「それはいいですね」と賛同を得て、採用決定

このように、「補欠取締役 × 長期効力」の組み合わせは、1人取締役体制をとる会社にとって最も合理的かつコストのかからない安全網として、非常に実務的価値の高い手段といえます。

補欠取締役制度の限界と、後継者不在リスクへの補完手段

補欠取締役は、唯一の取締役が突然退任・死亡・欠格となった場合でも、会社の法的な機能を維持するための優れた制度です。
しかし、この制度にも限界があります。とくに、「株主が意思表示できない場合」や「後継者が全く想定されていない場合」には、補欠取締役を置いても対応できない局面があることを理解しておく必要があります。

株主が意思表示できないとどうなるか?

1人会社では、株主=唯一の取締役という構成が一般的です。
仮に補欠取締役が就任して取締役の欠員が補充されたとしても、株主が重度の認知症などで意思表示できない場合、

・重要な会社決議(増資・合併・定款変更など)ができない
・株主による指名が必要な補欠取締役の再選任ができない
・株式譲渡や事業承継の判断が誰にもできない

といったガバナンスの空白状態に陥ります。
このような場合、法的には成年後見人の選任によって株主としての議決権を行使させる道がありますが、後見申立には一定の手続的・心理的ハードルが伴います。

死亡リスクへの備え:遺言・譲渡契約の活用

一方、唯一の株主が死亡した場合、相続によって株式は法定相続人に帰属します。
しかしその際、株主が複数人に分かれたことで意思決定ができなくなる(共有状態)、あるいは相続人間で紛争が生じるなどして、会社の運営がストップすることも少なくありません。
このような事態を避けるには、以下のような手段を併用することが望まれます。

手段 内容・目的
遺言による株式の単独承継 後継者を明示し、株主の分散を回避
株式譲渡契約(条件付き) 病気・認知症・死亡など一定条件をトリガーとする承継
拒否権付き種類株式・取得条項 コントロール権限の移転や自社株買いを自動化する仕組み

ただし、これらの制度も実務上は税務面や契約執行可能性の問題が伴うため、専門家のアドバイスのもとで設計すべき内容です。

実務家としての備え方

1人会社の経営者が元気なうちは、こうしたリスク対策はつい後回しにされがちです。
しかし、たった1人の不在で会社全体が止まる構造である以上、制度的・契約的に支える仕組みを重層的に整えておくことが、法人を守る最も実践的な方法といえるでしょう。

手続きのご依頼・ご相談

本日は、唯一の取締役が退任・欠格・意思喪失したら?1人会社のリスクと補欠取締役の活用策について解説いたしました。
会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は、司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。



本記事の著者・編集者

司法書士法人永田町事務所

商業登記全般・組織再編・ファンド組成・債務整理などの業務を幅広く取り扱う、加陽 麻里布(かよう・まりの)が代表の司法書士事務所。
【保有資格】
司法書士登録証

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