代表取締役の選任に必要な“互選”とは?決議省略・書面決議・持ち回り決議の違いと登記実務
代表者選定に潜む「用語の混乱」と実務的落とし穴
取締役会非設置会社における代表取締役の選任に際して、「互選」や「決議省略」「書面決議」といった用語が混在し、実務上混乱を招くことがあります。
特に「互選」は、司法書士や登記官であっても正確に説明できないとされる難解な概念のひとつです。
本コラムでは、それぞれの用語の意味や位置づけ、成立要件、登記添付書類の考え方までを、会社法や実務通達に基づいて明快に整理します。
「互選」とは何か?代表取締役選定の一形態
定義と法的位置づけ
「互選」とは、複数の取締役が、自らの中から代表取締役を選任する方式をいいます。
「互選=同意方式」との理解
互選は、実質的には「同意方式」に基づく手続と考えるのが通説的見解です。
したがって、以下の点がポイントとなります。
論点 | 実務上の取り扱い |
---|---|
一堂に会する必要 | なし(持ち回りで可) |
可決要件 | 取締役の過半数 |
書面形式 | 同一内容の書面に分散押印でも可 |
記載方法 | 「○○を代表取締役に選任することに同意する」等で足りる |
「決議省略」とは?会社法第370条による例外的手続
取締役会設置会社においては、原則として取締役会に出席して決議を行う必要がありますが、一定の条件を満たすことで「決議を省略」することが可能です。
【会社法第370条】
「取締役全員の書面または電磁的方法による同意により、取締役会の決議があったものとみなす」
実務上の注意点
「決議省略」は「同意方式」とは異なる概念です。
あくまでも「会議体としての決議を形式上省略する」ものであるため、以下の条件を満たす必要があります。
論点 | 取扱 |
---|---|
必要な同意者 | 取締役全員の書面等による同意 |
書面形式 | 書面でも電磁的方法でも可(ただし定款の定めが必要) |
記録形式 | 通常は「決議があったことを証する書面」などを作成 |
「書面決議」や「持ち回り決議」は用語の“俗称”
司法書士会や各士業団体の会議体で見られる「書面決議」や「持ち回り決議」という用語は、法的な概念というよりも便宜的な俗称であり、混乱の元となることがあります。
用語混在の弊害
・「書面決議」という言葉は、株主総会の「書面投票」制度と混同されやすい
・「互選書」「同意書」「取締役の決定書」などタイトルの違いで内容が混同されがち
・実務ではタイトルよりも内容と要件の適合性が重要
登記実務:互選の書類作成と添付の実務ポイント
書面のパターン比較
書面の形式 | 要件・特徴 |
---|---|
1通に全員記名押印 | 会議形式に類似。記載内容が明快で登記官にも理解されやすい |
各自の同意書(複数通) | 持ち回りに適し、人数が多い場合に有効。記載は簡潔に |
※代表取締役が作成する「決定があったことを証する書面」を添付することも推奨(商業登記規則施行準則などに基づく)
添付書類例(取締役会非設置会社の場合)
・定款の写し(互選による選定が可能な旨の記載)
・互選書または同意書(過半数分)
・就任承諾書
・印鑑届出書
・「決定があったことを証する書面」(推奨)
「持ち回り決議」とは?“書面決議”に似て非なる実務手法
「持ち回り決議」という言葉は、条文上の用語ではありませんが、実務の現場では頻繁に用いられる概念です。
とりわけ、取締役会を設置していない会社において、その有効性が問われることがあります。
書面決議と何が違うのか?
一見すると、書面を回して取締役全員が署名・押印するという点で「書面決議」とほとんど同じように見えますが、実は決定的な違いがあります。
比較項目 | 書面決議(例:会社法370条) | 持ち回り決議 |
---|---|---|
利用可能な会社形態 | 取締役会設置会社 | 非設置会社(特に取締役間の決議) |
同意の必要人数 | 原則、全員一致 | 過半数など定足数に応じて決議可 |
実質的な性質 | 会議体の決議の“代替” | 会議を必要としない「同意方式」 |
書面のタイトル例 | 書面による取締役会決議書 | 取締役の同意書、決定書など |
書面作成義務 | 同意書等の保存が必須 | 義務なし(ただし証拠として推奨) |
「イイトコ取り」のような柔軟性
持ち回り決議の大きな特徴は、「一堂に会さずに」「過半数等の通常の決議要件」で意思決定ができる点にあります。
つまり、
・書面決議のように全員一致を要求されることもなく、
・会議形式のように物理的に集まる必要もない、
という“イイトコ取り”の決議手法といえるでしょう。
たとえば、取締役が3名いて、そのうち2名が持ち回りで「賛成」との意思表示を行えば、それで有効な決議として成立します。
回覧の対象は全員?「欠席」はあり得るのか?
興味深い実務上の論点として、「そもそも持ち回り決議に“欠席”という概念はあるのか?」という疑問があります。
会議ではないため、「欠席」という形式は存在しませんが、では反対や無回答の者がいた場合はどう取り扱うのでしょうか?
仮に全員に決議書を回覧したうえで、複数名から同意が得られた場合──その段階で決議は有効と考えられます(たとえば過半数要件を満たしていれば)。
しかし、回覧されなかった者がいた場合は、そもそも「決議があった」と認定できないリスクがあります。
つまり、「持ち回り決議」は全員に提示する必要があり、全員が賛成する必要はないが、無視してよい者がいてよいわけではないという実務上の線引きが必要です。
実務としての書面作成と登記への影響
書面作成は法律上の義務ではないものの、登記申請の際には意思決定の根拠を添付する必要があるため、結果的に書面化することが通例です。
以下のような記載例が考えられます。
「当社取締役A・B・Cのうち、AおよびBより、本件決議事項に関する同意書を受領したため、所定の要件を満たし、決議が成立したことを証します。」
【まとめ】「互選」「決議省略」「書面決議」「持ち回り決議」整理と理解が重要
ここまで取り上げてきた決議手続は、以下のように整理できます。
手続名 | 該当会社 | 要件 | 書面可否 | 会議の必要性 |
---|---|---|---|---|
互選 | 非設置会社 | 過半数 | 可 | 不要 |
決議省略 | 取締役会設置会社 | 全員一致 | 書面必須 | 不要 |
書面決議 | (概念上) | 全員一致 | 書面 | 不要 |
持ち回り決議 | 非設置会社 | 過半数等 | 書面可 | 不要 |
用語が似ていても、その根拠や実務運用には大きな違いがあります。
条文に立ち返り、登記官の視点も踏まえた慎重な運用が求められます。
手続きのご依頼・ご相談
必要書類の検討に当たっては、書面の形式にとらわれず「本質」を理解することが重要です。
互選・決議省略・書面決議は、いずれも形式上の「決定方法」をめぐる問題であり、誤解されやすい用語でもあります。
大切なのは、法的根拠と要件を正確に理解し、それを適切な書面形式に反映させることです。
実務上の登記においても、内容と要件を満たしていれば形式は柔軟に対応可能です。
書面のタイトルや体裁に惑わされず、「誰が」「何を」「どのように」決定したのかが明確であることを重視すべきでしょう。
会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は、司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。