事業年度の変更に伴う取締役の任期の変動と重任登記の判断基準
事業年度の変更と任期満了の予期せぬ連動
取締役の任期は、定款によって「選任後○年以内に終了する事業年度のうち、最終のものに関する定時株主総会の終結時まで」と定められるのが一般的です。
このような会社において、事業年度の変更を行うと、既存役員の任期に直接影響を及ぼすことがあります。
たとえば、会社設立時の事業年度が「1月1日〜12月31日」で、任期が「1年以内に終了する事業年度にかかる定時総会終結時まで」とされている場合、次のようなことが起こり得ます。
・会社設立日:令和5年1月30日
・通常であれば、最初の事業年度は「令和5年12月31日」で終了し、翌年2月頃に定時総会開催→そこで任期満了
しかし、仮に合併や組織再編等に伴い、事業年度を「6月1日〜翌年5月31日」に変更したとすると、次のようなズレが生じます。
たとえば、次のような会社を想定してください。
・会社設立:令和5年1月30日
・取締役の任期:上記定款条項による「1年任期」
・当初の事業年度:1月1日〜12月31日
・同年10月1日付で定款変更により、事業年度を「6月1日〜翌年5月31日」に変更
この場合、設立日から「1年以内に終了する事業年度」は、本来であれば令和5年12月31日に終了するはずでした。
ところが、事業年度を変更したことで、「令和6年5月31日」が変更後の期末となり、「令和5年12月31日で終了する事業年度」が存在しない状態になります。
定款条項に従えば、「選任後1年以内に終了する事業年度」が存在しない場合、その時点で任期を満了したと解釈されるため、定款変更日である令和5年10月1日が、任期満了日とみなされるという理屈が成立します。
この構造は、選任日や就任承諾日からちょうど1年が経過したかどうかとは無関係です。
あくまで、定款で定めた任期の仕組み(=事業年度ベース)に従い、形式的に“参照先が消える”ことで任期が切れるという、実務上とても見落とされやすいポイントです。
このため、「定款変更だけを行うつもりだったのに、実は取締役の任期も満了していた」という事態が起こり得ます。
このように、単なる定款変更のつもりが、実は役員の任期満了を発生させてしまうというのは、見落とされがちな実務リスクです。
しかもこのケースでは、補欠・増員として選任されていた他の取締役の任期も、元取締役の任期に連動して終了するため、影響は一人にとどまりません。
したがって、事業年度変更の議案を扱う際には、必ず以下の点を確認する必要があります。
チェックポイント | 内容 |
---|---|
現任役員の選任日 | 任期の起算点となるため、変更後の事業年度との関係を精査 |
定款の任期条項 | 「○年以内に終了する事業年度」等の表現に注意 |
変更後の事業年度 | 起算日が後ろにずれると、任期満了の解釈が変化する可能性あり |
補欠・増員の任期連動 | 元の役員と同じ任期か、別起算かを事前に確認しておくこと |
定款変更による任期短縮と選任議案の構成実務
前述のように、事業年度の変更によって現任取締役の任期が突如満了した場合、そのまま放置すると役員不在状態となり、商業登記にも影響を及ぼします。
したがって、定款変更議案と合わせて、取締役選任の議案を同時に上程・可決しておく必要があります。
そして、事業年度の変更が取締役の任期に影響を与える場合、次に問題となるのが選任議案の構成です。
特に、定款変更によって現任取締役の任期が満了するタイミングで、新たな取締役を選任する必要がある場合、選任議案の立て方や順序に注意が必要となります。
以下のようなケースを考えてみましょう。
・令和4年設立の甲社(事業年度:6月1日~翌年5月31日、任期1年)
・令和4年10月1日に事業年度を「8月1日~翌年7月31日」に変更
・この変更により、「選任後1年以内に終了する事業年度」の終期が繰り下がり、任期満了が定款変更時点で到来
このような場合、定款変更と同時に役員選任の議案を立てる必要があることになり、たとえば以下のような構成が考えられます。
議案番号 | 内容 | 補足 |
---|---|---|
第1号議案 | 定款変更(事業年度変更) | 特別決議。効力発生日を明示 |
第2号議案 | 取締役の選任(重任または新任) | 定款変更により任期満了した取締役の再任等 |
第3号議案 | 代表取締役の選定(必要に応じて) | 株主総会選定方式の場合に限る |
重要なのは、定款変更が効力を生じたタイミングで任期が終了するという点です。
つまり、定款変更が先に効力を生じるため、任期満了の処理が先に発生するということになります。
このため、定款変更後に現任者を「重任」する形をとる場合には、次の点に注意しなければなりません。
・定款変更議案の成立によって任期満了が生じる
・その後に選任議案で「同日付の重任」をする
・議案順を逆にすると、「任期が満了していない人物を選任してしまう」という構成矛盾になる
また、同時に増員する場合(たとえば他社との合併に伴う役員構成変更など)には、退任予定者と増員予定者の選任議案を同時に立てることが多く、議事構成にも工夫が必要です。
同時に増員を行うようなケースでは、次のような議案構成が適切です。
・A(現任者)を重任
・B・C・D(新任)を増員として選任
このときも、「定款変更によりAが令和5年10月1日に任期満了 → 同日中に再任」となれば、「重任」として登記可能な扱いになります
実務的には、「定款変更によって任期が満了する」ことを前提として、現任者・新任者の両方を含めた役員選任議案を一括提出することが多く、そのような形で整えておけば、登記手続もスムーズに進めやすくなります。
登記原因は「重任」でよいのか?判断基準と日付の取り扱い
定款変更によって現任取締役の任期が満了し、同日に再任された場合、その登記原因を「重任」とするか「退任+就任」とするかは、登記実務における判断の分かれ目となります。
この判断は、単に再任されたかどうかではなく、退任と就任の“時間的な連続性”があるかどうかに左右されます。
(基本原則)重任とは「退任と就任が同時に生じる」こと
登記実務における「重任」とは、一般に「任期満了等により取締役を一旦退任させ、直ちに再度就任させる」ことを指します。
つまり、退任と就任の間に“実質的な空白”がないことが要件とされてきました。
これをふまえると、以下のような判断基準が用いられます。
状況 | 登記原因 |
---|---|
定時株主総会の終結と同時に退任・同時に再任 | 重任(典型例) |
定款変更により任期満了 → その直後に株主総会で選任 | 重任として扱われるのが実務 |
任期満了から1日でも経過後に再選任 | 「再任」=登記原因は「就任」 |
書面決議であれば「同時成立」扱いに
株主総会を「書面決議」で実施する場合には、すべての決議が同時点で成立したものと扱われるため、「定款変更」と「取締役選任」が別議案であっても、退任と就任は時間的に連続しており、重任とみなして差し支えないとされています。
一方、実際に株主総会を開催して各議案を順に採決した場合には、「定款変更」→「取締役選任」の順で数分の間が空く可能性があり、「厳密には一度退任してから就任しているのでは?」という議論が起きうるのです。
(実務上の取り扱い)同日中なら「重任」で問題なし
現在の商業登記実務においては、たとえ定款変更議案と役員選任議案の成立に時間的な前後があっても、同一の株主総会で決議されたものであり、日付が同一であれば「重任」として差し支えないとする運用が定着しています。
これにより、登記の効率性・簡便性が重視される傾向が強まりました。
実際、取締役が3月31日付で任期満了し、4月1日付で再任された場合でも、代表取締役選定を含めた登記原因を「重任」で申請しても問題なく受理されている例が多数存在します。
同日再任なら「重任」でよい、登記実務の実態とその根拠
前節で触れたとおり、取締役の任期満了後に再任された場合、退任と就任が同一日であれば「重任」として登記して差し支えないという運用が、現在の実務では一般化しています。
しかし、この取り扱いは明文の通達等に根拠があるわけではなく、あくまでも実務慣行に基づく判断である点に留意が必要です。
このとき、実務上の扱いは、
・定款変更により令和5年10月1日に任期満了
・同日の株主総会で再任決議
→ 登記原因:令和5年10月1日「重任」で登記可能
ということになります。
会社法施行以降の運用の変化
会社法施行以前、旧商法下では、たとえ登記の手間がかかっても「代表取締役の退任登記」と「就任登記」を個別に行うという、時系列を厳格に反映する登記が重視されていました。
しかし、会社法施行以降は、登記の実益や合理性が重視されるようになり、同一日中の手続であれば、あえて「退任+就任」とせず「重任」としてまとめて登記する扱いが認められるようになったのです。
たとえば以下のようなケース
・第1号議案:取締役会の廃止(定款変更)
・第2号議案:新たな代表取締役の選定
・同日中に両議案を可決
この場合、いったん平取締役に代表権が付与され、続いて株主総会で代表取締役に選任されることになりますが、一時的に発生した代表者の変動については「登記不要」とされ、最終結果のみを登記すればよいという運用が実務上定着しています。
日をまたいでも「重任」が認められる例
さらに興味深いのは、「3月31日24時で任期満了」「4月1日0時に就任」といった、形式的に日をまたいでいるケースでも「重任」で構わない」とされる実例が存在することです。
このように、日付上の分断があっても、連続性が認められる場面では、「重任」扱いとする運用はかなり柔軟になってきているといえます。
登記実務における判断基準
まとめると、登記原因を「重任」として扱ってよいかどうかの実務判断は、次のような基準に整理できます。
状況 | 登記原因の判断 |
---|---|
同一の株主総会で定款変更→任期満了→再任 | 重任(登記実務上、問題なし) |
日をまたぐが、形式的な切れ目にすぎない(例:3/31退任→4/1就任) | 重任として登記可(実務上の柔軟対応) |
数日以上の空白期間がある | 「再任」扱い。登記原因は「就任」 |
また、実務家の多くは、同日中の任期満了と再任であればすべて「重任」で処理しているのが現実です。
補正や問い合わせを受けた事例はほとんどなく、黙示の登記実務として確立しているといえるでしょう。
手続きのご依頼・ご相談
本日は、事業年度の変更に伴う取締役の任期の変動と重任登記の判断基準について解説いたしました。
会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は、司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。