監査役が辞任したのに登記できない?辞任届・後任選任・意見陳述の実務対応
辞任の背景により異なる対応と、辞任届の重要性
監査役の辞任は、一見単純な手続に見えても、その背景や会社の状況によって、実務上の対応が大きく異なります。特に注意すべきなのは、「本人の意思に基づく辞任か否か」「辞任届が確実に取得されているか」「後任者の選任がどのように計画されているか」といった点です。
辞任が本人の意思に基づくものであれば、辞任届の取得を確実に行えば基本的な要件は満たされますが、実際には以下のようなトラブル事例が少なくありません。
・辞任届の徴求を忘れたまま最終出社日を迎え、連絡が取れなくなった
・株主総会に出席していないにもかかわらず、議事録上「席上で辞任の意思表示があった」と記載してしまう
・辞任届がなく、かつ株主総会議事録の援用も困難なため、辞任登記ができなくなった
これらはいずれも、辞任の意思表示の証明手段が不十分なことに起因するトラブルです。
登記の観点からは、「本人の辞任の意思が確認できる書面」が必要であり、最も確実なのが自署による辞任届です。
とりわけ問題となるのは、後任者が選任できない場合や、定足数の関係で取締役会が成立しなくなる場合です。
形式的には退任していないものの、実質的には出社も連絡もない状態となれば、取締役会の機能停止や、意思決定の停滞にもつながります。
このような事態を避けるためにも、「辞任する意思がある」ことが明確な場合には、早めに辞任届を取得し、登記に備えた書面を整えることが不可欠です。
単なる手続として処理せず、「辞任に至る背景と登記要件を切り分けて検討する」ことが、司法書士に求められる基本姿勢といえるでしょう。
辞任日と後任者選任のタイミング調整の実務
監査役の辞任においては、辞任日をいつに設定するかという点が、実務上の大きな論点となります。
特に重要なのが、後任者の選任タイミングとどのように調整するかです。
たとえば監査役が1名だけの場合、その者が先に辞任してしまうと、監査役不在の状態が生じます。
こうした欠員を避けるために、実務では以下の2つの方法がとられます。
手法 | 概要 |
---|---|
① 辞任日を先に定め、その前に後任者を選任 | 例:「10月31日付で現任監査役が辞任」→「10月30日に株主総会で補欠監査役を選任」→「11月1日付で補欠監査役が就任」→ 欠員期間なし |
② 後任者の選任時に辞任日を一致させる | 辞任日=株主総会決議日とし、議事録で「当該株主総会終結の時をもって辞任」と明記→ 一体で登記処理が可能 |
どちらの方法をとるかは、会社の事情によりますが、監査役が1名のみの場合には空白期間を生じさせないための配慮が特に重要です。
一方、監査役が2名以上いる場合、1名が辞任しても法令上の欠員とはならないため、ある程度柔軟な運用が可能です。
また、後任者を補欠監査役として選任し、前任者の任期を承継させるか否かも実務判断として分かれる場面です。
補欠ではなく増員として選任する場合、定款上の員数制限を超える場合には定款変更が必要となることもあるため注意が必要です。
さらに、合弁会社などでは株主間で選任できる役員の数が取り決められているケースもあり、定款変更が簡単にはできない場合もあります。
このように、辞任日と後任者選任日のずれは、場合によっては役員構成や定款規定全体に影響を及ぼすことになります。
辞任手続は一見簡易に見えますが、時期のずれがもたらす影響の大きさに目配りし、辞任届の文言と株主総会の構成を慎重に整えることが、円滑な登記・運営の鍵となります。
辞任時の「意見陳述権」と「監査役の同意」の実務上の扱い
監査役が辞任する際には、登記手続に直結する「辞任届」以外にも、会社法上の権利として認められている手続に注意が必要です。中でも特に重要なのが、監査役の「同意権」と「意見陳述権」です。
監査役の同意権(会社法343条1項)
株主総会において監査役を選任する場合、現任監査役の同意が必要とされています(※監査役が複数名の場合は過半数の同意)。
この「同意」は口頭でも可能とされていますが、実務では書面での同意書の取得が一般的です。
同意権の有無は、辞任のタイミングによって変わる点に注意が必要です。
辞任が株主総会決議の前であれば、現任監査役としての同意が必要となりますが、すでに辞任が成立している場合は、同意の権限自体が消滅していると解されるからです。
このため、辞任日と株主総会の日程調整を誤ると、同意書の要否にも混乱を生じることがあります。
意見陳述権(会社法345条2項・4項)
辞任した監査役には、「辞任後最初に招集される株主総会に出席して、辞任の理由などを述べることができる」という権利(意見陳述権)が認められています。
この規定は義務ではなく権利の規定であるため、会社としては「通知」を行えば義務を果たしたことになります。
ただし、この規定には実務上のジレンマもあります。たとえば次のようなケースです。
・株主総会は毎回「書面決議」で実施している
・辞任後最初の株主総会が「未定」あるいは「長期間先」になりそう
・すでに会社との関係が終了しており、当人に通知するのが困難
こうした場合、「実際に招集される株主総会が何時になるかわからない」ことが、会社にとっても辞任者にとっても心理的な負担となることがあります。
このため、実務上は、辞任に際して「意見はありません」とする書面(意見放棄書)を取得する対応が採られることもあります。これにより、通知義務の実行が事実上不要となり、後日のトラブル予防にもつながります。
監査役の辞任は、「登記ができればよい」という単純な話ではなく、会社法上の権利義務にも十分配慮した運用が求められます。
とくにIPO準備会社や法令順守意識の高い企業においては、意見陳述権や同意書の整備まで含めて登記書類を準備することが望ましいといえるでしょう。
辞任が登記・機関運営に及ぼす影響とトラブル防止策
監査役の辞任は、登記の問題にとどまらず、会社の機関運営に直接的な影響を及ぼすことがあります。
とくに注意を要するのが、辞任が既成事実となっている一方で、登記や機関設計がそれに追いついていない状態です。
たとえば、次のようなケースが実際に発生しています。
・親会社の人事異動により監査役が退任することとなり、会社としては「当然辞任した」と認識
・しかし、辞任届は取得しておらず、辞任登記ができない
・しかも、後任監査役の選任手続きが整わず、監査役会の定足数が満たせなくなる
・結果として、監査役会も開催できず、機関としての機能不全に陥る
このような場合、退任していないはずの監査役には議案送付がなされず、形式上の招集手続に瑕疵が生じる可能性もあります。
あるいは、実際には「いない」役員が取締役会や監査役会の定足数にカウントされ、後任選任が遅れることによって会社運営に支障を来すことも珍しくありません。
また、辞任届を失念したまま一定期間が経過してしまうと、もはや本人に依頼できなくなったり、行方が分からなくなったりして、辞任自体を断念せざるを得ないという事態に発展することもあります。
このようなトラブルを防ぐためには、次の対応が重要です。
対応策 | 内容 |
---|---|
辞任の意思確認と書面取得の徹底 | 辞任の意志がある段階で、確実に辞任届を取得。最終出社日を見越して早めに動く。 |
後任者の選任スケジュールの明確化 | 株主総会日程や補欠選任の有無を早期に確定し、辞任日との整合を図る。 |
登記と機関運営の連動管理 | 登記懈怠による過料や定足数不足による議決無効のリスクを回避するため、法務と実務を連動させる。 |
どちらの方法をとるかは、会社の事情によりますが、監査役が1名のみの場合には空白期間を生じさせないための配慮が特に重要です。
一方、監査役が2名以上いる場合、1名が辞任しても法令上の欠員とはならないため、ある程度柔軟な運用が可能です。
また、後任者を補欠監査役として選任し、前任者の任期を承継させるか否かも実務判断として分かれる場面です。補欠ではなく増員として選任する場合、定款上の員数制限を超える場合には定款変更が必要となることもあるため注意が必要です。
さらに、合弁会社などでは株主間で選任できる役員の数が取り決められているケースもあり、定款変更が簡単にはできない場合もあります。
このように、辞任日と後任者選任日のずれは、場合によっては役員構成や定款規定全体に影響を及ぼすことになります。
辞任手続は一見簡易に見えますが、時期のずれがもたらす影響の大きさに目配りし、辞任届の文言と株主総会の構成を慎重に整えることが、円滑な登記・運営の鍵となります。
手続きのご依頼・ご相談
本日は、監査役の辞任に関する登記と実務的落とし穴について解説いたしました。
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