役付取締役の選定・定款の規定・社内的な取扱い──登記に表れない役職の実務対応
役付取締役の定義と、なぜ定款に規定されるのか?
取締役の中から「社長」「専務」「常務」などの役職者を選ぶ――これは多くの企業で当然のように行われていることですが、これらはいずれも登記事項ではないため、扱いを軽視してしまう会社も少なくありません。
しかし、役付取締役(社内肩書付き取締役)という存在は、社内の組織秩序の維持はもちろん、対外的な信用関係にも大きな意味を持ちます。
特に「社長」という肩書については、代表取締役=社長という慣行が定着しているものの、実際にはその法的位置づけは定款の規定内容によって異なります。
実務では、次のような定款規定がよく見られます。
・「代表取締役は社長とする」(=代表権を持つ者が自動的に社長)
・「社長1名を取締役の中から選定し、当会社を代表させる」(=社長=代表取締役を明示)
・「取締役会の決議により、役付取締役として社長・専務・常務を置くことができる」(=社長≠代表の可能性あり)
いずれの場合も、定款上の位置づけがあいまいなまま役職を使用していると、将来のトラブルの火種になることもあります。
たとえば、ある中堅企業では「社長と代表取締役が別人」であるにもかかわらず、契約書に「社長印」を用いていたため、契約の有効性を問われる事態が発生しました。
このような事例も踏まえ、次節では「社長=代表取締役」ではない場合の注意点を解説します。
社長=代表取締役とは限らない? 定款の落とし穴
実務上、「社長=代表取締役」という理解が一般的ですが、これは会社法がそう定めているわけではありません。
実際には、定款の定めや取締役会の決議内容によって、社長に代表権がないケースも起こり得ます。
たとえば、次のような定款の構成はどうでしょうか。
「当会社は、取締役会の決議により社長を選定する。」
この規定においては、社長という肩書きは代表権とは無関係です。つまり、「代表取締役はA氏、社長はB氏」という状況も法的にはあり得るということになります。
この点を誤解したまま実務運用を続けてしまうと、次のようなリスクが生じます。
・社長が契約締結したが、登記上の代表取締役でなく契約無効を主張される
・株主や関係者にとって「誰が本当の代表か」が不明確になる
・書類や議事録で「社長」と記載している人物の代表権が確認できない
こうした混乱を避けるためには、定款の文言と実務運用が一致しているかどうかを確認し、必要に応じて改訂することが望まれます。
特に中小企業では、「就任時に代表取締役選定議事録しか作成しておらず、社長の決定根拠が社内に残っていない」という例も多いため、次節では「議事録への適切な記載方法と記録管理」について解説します。
社内肩書きはどこまで議事録に残すべきか?
「社長」「専務」「常務」などの肩書は、登記事項ではないため、株主総会や取締役会の議事録に書かなくても登記申請には影響しません。
しかし実務上は、役付取締役の選定事実を文書として明確に残しておくことが極めて重要です。
たとえば、次のような記載例が代表的です。
【議題】代表取締役および役付取締役選定の件
代表取締役にA氏を選定し、あわせてA氏を社長、B氏を専務、C氏を常務とすることを決議した。
このように、代表取締役選定の議案と役職名の決定を一括して決議する方式は、定款の定めに沿っていれば問題なく実務でも機能します。
また、会社によっては次のように議題を分けて記載する方式もあります。
・議案1:代表取締役選定の件
・議案2:役付取締役選定の件
いずれの形式でも、取締役会議事録に「社長・専務・常務を選任した」事実が書かれていれば、後から肩書の根拠を説明できるため、内部統制や対外説明、さらにはIPO準備時などにも有用です。
実際、私たちがサポートした中堅企業のケースでは、社長交代後に内部監査から「新社長の選定根拠となる議事録が不十分」と指摘され、後から補完文書を整備することになった例もありました。
こうしたトラブルを未然に防ぐためにも、社内肩書きであっても“組織上の決定として残す”という意識が重要です。
役付取締役の選定は“文書に残す文化”がすべてを守る
登記されないとはいえ、社内の肩書には明確な意思決定とその記録が必要不可欠です。
特に「社長=代表取締役」という前提が崩れるような会社では、定款の読み替えと運用整備がなされていないと、意思決定の正当性や法的根拠を問われかねません。
私たちが支援してきた事例でも、「社長交代後に金融機関から代表権の確認を求められた」「過去に専務と称して契約締結していたが、社内に選任記録が残っていなかった」というような、役職と法的地位が食い違うことによる実務トラブルが起きています。
そのため、以下の対応を徹底するようアドバイスしています。
・定款を確認し、役付取締役の定義が明記されているかチェック
・取締役会で選定する場合は、代表取締役とは別に役職の議案を立てる
・議事録には、役職ごとの氏名を明示し、任期・権限との関係も明文化する
・代表取締役でない役職者(例:専務)が社外対応する場合は委任状などの整備を検討
法定書類に記録が残らないからこそ、自社で備える内部文書が会社を守る証拠になる。それが「役付取締役の実務」なのです。
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役付取締役の選定・定款の規定・社内的な取扱い──登記に表れない役職の実務対応について解説いたしました。
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