取締役の地位を保全するための登記留保制度とは?地位確認・地位不存在の訴え・仮処分申立を用いた対応策と実務ポイント
取締役の地位を保全する法的手段
取締役の「解任」や「任期満了退任」などに関して、本人の意思に反して登記申請が行われることがあります。いわゆる「会社乗っ取り」によって、正当な取締役が排除されるリスクも現実に存在します。
こうした事態に直面したとき、取締役の地位を保全する法的手段として重要なのが、「取締役の地位確認の訴え」および「取締役の地位不存在確認の訴え」です。
本稿では、これらの法的手段の選択基準や、登記の留保制度を活用した実務対応について、商業登記専門の司法書士目線から解説します。
なぜ取締役の地位確認訴訟が必要になるのか
取締役としての地位を争わざるを得ない状況は、主に以下のようなケースで発生します。
1.違法・無効な株主総会決議による解任
2.任期満了の主張に基づく不当な退任登記
株式の取得をめぐる紛争に伴う支配権争い(乗っ取り)
このような場合、本人の知らぬ間に登記申請がなされ、会社に立ち入ることすらできなくなる事態も想定されます。
そこで、「現在も取締役であること」「相手方は取締役ではないこと」を訴訟や仮処分により主張し、地位を回復・維持する必要があります。
取締役の地位確認訴訟 vs 地位不存在確認訴訟の選択基準
(1)二つの選択肢
地位確認の訴え:自らが取締役であることの確認を求める
地位不存在の訴え:相手方が取締役でないことの確認を求める
いずれを選択するかは、登記の状況(誰が代表者か)によって変わります。
(2)立証責任の違い
地位確認訴訟では、原告が自らの取締役性を立証
地位不存在訴訟では、被告が自らの取締役性を立証
すなわち、「立証責任の所在」によって、訴訟上の有利不利が決まります。
登記状況 | 原告 | 被告 | 選択すべき訴訟 | 備考 |
---|---|---|---|---|
相手方が代表取締役として登記済 | 当該取締役本人 | 会社(代表者は相手方) | 地位確認の訴え | 仮処分とセットが望ましい |
自身が代表取締役として登記中 | 会社(代表者は本人) | 相手方 | 地位不存在の訴え | 迅速な申立が重要 |
登記の留保を実現するには?法務局との対応実務
代表取締役の変更登記がなされると、裁判の提起すら不可能になるおそれがあるため、登記の「留保」が非常に重要です。
登記留保を実現する主な手段
・仮処分申立て
・上申書(仮処分申立書写しを添付)を管轄法務局に提出し登記留保の要請
・全員解任事案における法務局通知制度の活用
仮処分申立てがなされ、その写しとともに上申書が提出された場合、法務局は登記完了までの一定期間、登記の留保を行う運用となっています。
根拠となる通知
・法務省民商第65号(令和2年3月23日付)
この通知により、以下のような運用が可能です。
手段 | 効果 |
---|---|
仮処分申立書の提出 | 登記申請の留保(短期間) |
仮処分決定書の提出 | 登記の却下または抹消の資料 |
登記完了後の仮処分決定 | 登記の抹消申請が可能に |
解任だけでなく「任期満了退任」も登記留保の対象となる
旧通達では「全員解任」に限定されていましたが、実務上は、形式上「任期満了による退任」とされた場合でも、実質的には地位の強制排除(乗っ取り)に該当する可能性があります。
例えば、定時株主総会を開催し、会社提案と株主提案がぶつかった場合に、株主提案は否決されたにも関わらず、可決されたものとして登記申請がされた場合などは、登記申請人が代表者の地位にないことを仮に定める仮処分申立を行い、仮処分申立書の写しと上申書を提出することで、登記留保を実現することができます。
実務アクション:取締役地位を守るために必要な手順
ステップ1:登記申請の動向を把握
・法務局へ直接照会し、閲覧を希望する(本人確認資料持参)
・登記が完了していない段階での対応が極めて重要
ステップ2:仮処分申立書の準備と提出
・「申請人が代表者の地位にない」ことの仮処分を申立て
・上申書とともに法務局に速やかに提出
ステップ3:留保が確認されるまでの継続交渉
・法務局担当官に事情を説明し、運用に基づく柔軟な対応を求める
・特に乗っ取り事案に該当する旨を明確に伝える
まとめ|取締役の地位保全に必要な備えとは
取締役の地位を巡る紛争では、登記が完了する前の迅速な対応が命綱です。
登記が完了した後は、訴訟提起や仮処分申立が困難となるリスクがあります。
とりわけ、「任期満了」「乗っ取り」などの場面では、以下の備えが不可欠です。
・任期管理と重任登記の徹底
・登記情報の定期的な確認
・弁護士・司法書士との早期連携
・仮処分申立書の即時準備
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