海外在住の取締役がいる場合の利益相反取引承認と登記実務
海外在住の取締役がいると実務は一気に難しくなる
前回のコラムでご紹介したように、グループ会社間の不動産売買は形式的に「利益相反取引」に該当することが多く、原則として会社法に基づいた承認手続が必要です。
しかし、現実には取締役の中に海外在住者がいることも珍しくありません。
この場合、取締役会議事録に実印を押印し、その印鑑証明書を添付するといった標準的な方法が取れず、手続のハードルが一気に上がります。
そこで今回は、登記申請上のリスクを回避しつつ、実印・印鑑証明書が揃わない場合でも現実的に対応可能な手段を整理します。
原則のおさらい:利益相反取引の承認は取締役会議事録+印鑑証明書
利益相反取引において取締役会を開催する場合、登記実務上は以下の対応が必要です。
・取締役会議事録に出席取締役全員の実印を押印
・押印者全員の印鑑証明書の添付
・代表取締役が出席している場合は「会社実印」でも可
この方法が最も確実ではありますが、海外在住の取締役がサイン証明すら取得できない場合には事実上困難です。
実務的な代替手段:書面決議による取締役会の開催(会社法370条)
会社法第370条に基づき、書面決議により取締役会の決議を行う方法が可能です。
この方法であれば、
・議事録の作成者(通常は代表取締役)の実印+印鑑証明書のみで足りるため、
・実質的に他の取締役の実印や証明書類は不要となります。
ただし、次の要件が必要です。
・書面決議の成立要件
・取締役全員に提案書を発すること
・取締役全員の同意を得ること
・定款に書面決議が認められている旨の記載があること
※書面決議の前提手続が煩雑になる点には留意が必要ですが、実印の収集が困難なケースでは最有力の代替手段です。
上申書方式:「利益相反取引に該当しない旨」の証明
実務上、次のような処理がされる場合もあります。
・利益相反に「該当しない」ことを証明するための上申書を作成
・加えて100%親子関係を証明する株主名簿等を添付
・取締役や代表者が取引に関与していない旨を記載する
この方法は、登記官の裁量や判断にも左右されやすく、論理構成や書類の精緻さが問われます。
また、仮に「形式的には利益相反に該当する」と判断された場合には、登記が補正されるおそれがあります。
※そのため、あくまで該当しないと合理的に言える場合に限って検討すべき手段です。
ケーススタディ:海外在住者がいる実務で有効だった構成
実際に、以下のような対応で登記を無事完了できた例があります。
会社 | 承認方法 | 添付書類 |
---|---|---|
子会社(取締役会設置) | 書面決議(会社法370条) | 取締役会議事録(会社実印+定款) |
親会社(非設置会社) | 株主総会決議 | 株主総会議事録(会社実印) |
このように、子会社は書面決議+定款添付で印鑑証明を回避し、親会社は株主総会で簡素に処理する構成が、実務上も現実的で確実な選択肢となります。
登記を支えるのは「段取り力」と「代替手段の知見」
利益相反取引の承認は、原則は厳格だが代替手段も存在します。
実務家としては、実印・印鑑証明の壁をどう乗り越えるかが実務の腕の見せどころです。
特に書面決議の活用は、海外在住役員の多いスタートアップや外資系にも有効となります。
次回は、より一歩進んだ工夫として、「定款変更により株主総会による承認を可能にする」という、登記研究にも紹介された意外な手法について解説いたします。
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海外在住の取締役がいる場合の利益相反取引承認と登記実務について解説しました。
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