非取締役会設置会社における取締役選任と株主総会議事録の実務【完結編】就任登記の添付書類と押印実務をめぐる特殊ケースとその理論背景
はじめに:取締役会非設置会社の登記は、なぜモヤモヤするのか?
取締役会を設置しない株式会社における登記実務は、シンプルなようで実は奥が深く、「代表取締役の選定方法」や「定款の添付要否」、「商業登記規則の適用関係」など、多くの論点が絡みます。
とりわけ、「代表取締役を変更せずに新たな取締役を選任するケース」では、株主総会議事録に押す印鑑の種類や、定款の添付要否について判断が分かれがちです。
ここでは、より実務的なケーススタディを通して、この問題を総仕上げ的に整理します。
ケース1:代表権を有する新任取締役の登記は「代表者就任登記」か?
〈例〉
・取締役A・B・C(全員が各自代表)
・新たにDを取締役として選任
・Dにも代表権を付与(結果としてA・B・C・D全員が各自代表)
この場合、Dが代表権を持っていても、「代表取締役」の登記はされません(各自代表は会社法上、代表取締役の選定とは異なるため)。
したがって、登記上は「取締役Dの就任登記」として処理され、商業登記規則61条6項は適用されません。よって議事録への押印は法的には不要(実務上は押すことが一般的)です。
ケース2:代表取締役選定はされているが、「登記申請対象でない」場合
〈例〉
・取締役A・B・C・D
・Aを代表取締役に再任
・B・C・Dは平取締役のまま
・登記の内容はDの新任のみ
このケースでも、Aを再任したとしても登記対象は「取締役Dの新任登記」のみ。よって、やはり61条6項の「代表就任登記」には該当しません。つまり、株主総会議事録の押印者の印鑑証明や定款添付も不要です。
ケース3:特例有限会社における代表権付取締役の選任はどう扱うか?
特例有限会社では、登記上「代表取締役」ではなく「代表権を有する取締役」として表示されます。この場合
・新たに代表権を持つ取締役を就任させる=「代表権付き取締役の就任登記」となるが、
・法的には「代表取締役の就任登記」ではないため、61条6項の適用は原則ない。
ただし、法務局によっては慣習的に61条6項の担保書類(印鑑証明付きの押印書面など)を求められることもあり、実務では慎重に対応すべきです。
代表取締役の選定方式と就任承諾書の整理表(総まとめ)
分類 | 代表者の選定方法 | 添付書類 | 定款添付 | 就任承諾書の印鑑証明 |
---|---|---|---|---|
非取締役会設置会社代表者の変更なし | ― | 株主総会議事録 | 不要 | 必要(取締役) |
非取締役会設置会社株主総会で選定(直接) | 株主総会 | 株主総会議事録 | 不要 | 不要 |
非取締役会設置会社取締役の互選(間接) | 互選 | 互選書+定款 | 必要 | 必要 |
取締役会設置会社 | 取締役会 | 取締役会議事録 | 不要 | 必要 |
実務家が混乱する理由:私たちは「定款を見て知っている」が、法務局は見ていない
司法書士など実務家は、手続前に必ず定款をチェックし、「どちらの選定方式か」を前提として議案を設計します。そのため、自然と定款の内容と議事録・就任承諾書の構成が連動するわけです。
一方で、法務局が「定款を見る」機会は限られており、定款が添付される場合に限って選定方式が確認できます。結果として、「どちらの方式か不明なら一律に扱う(=安全側に倒す)」という登記実務の原則が出来上がります。
この構造を理解すれば、以下のような誤解も晴れるはずです。
・「互選代表の会社なのに定款の添付を求められなかった」 → 実は登記が「代表就任登記ではなかった」だけ
・「印鑑証明がなぜ必要?」 → 非取締役会設置会社であれば平取締役でも必要
まとめ:知識よりも「構造理解」で差がつく領域
本コラムシリーズでは、非取締役会設置会社における登記の実務について、条文の解釈と具体例を交えながら説明してきました。
重要なポイントは以下の3点です。
・代表取締役の就任があるかどうかで、添付書類や押印要否が決まる
・定款の添付がない限り、法務局は選定方式を判断できない
・私たちが知っている「定款の内容」を前提に組み立てた議案は、法務局側では「推測不可能」であることを前提にすべき
手続きのご依頼・ご相談
本日は、非取締役会設置会社における取締役選任と株主総会議事録の実務について就任登記の添付書類と押印実務をめぐる特殊ケースとその理論背景を解説しました。
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【非取締役会設置会社における取締役選任と株主総会議事録の実務】
・シリーズ第1弾リンク:代表取締役の選定方法と登記実務における留意点
・シリーズ第2弾リンク:商業登記規則61条の条文解釈と「押印要否」の実務
・シリーズ第3弾リンク:就任登記の添付書類と押印実務をめぐる特殊ケースとその理論背景